1995年1月17日に発生した阪神大震災では、6.425人の死亡者、そして50万棟近くの建物が損壊し、大都市での地震の恐ろしさとともに、災害時の対応やライフラインの脆弱性など、さまざまな問題点を浮き彫りにした。
しかし、インターネット上においてはWWWを始めとして、NetNewsやメール、IRCなどで逐次その状況が公開され、その有用性を改めて証明した形となった。
インターネットはもともと軍事用に開発されたものであり、ある一部が損傷を受けても全体としては機能を保つことができる特性を持つ。この特性は災害時においても有用であり、通信路さえ確保できれば、被害状況などの各種情報を世界各地にリアルタイムに伝えることができるのである。
ただ、このようなしくみが実際に機能するためには、ネットワークの運用やそれに付随する技術的問題、そして法制度の壁など、さまざまな課題を解決する必要がある。
これらの点を踏まえ、インターネット技術に関する研究を行っているWIDEプロジェクト(代表: 村井純 慶應義塾大学教授)では、インターネットを用いた生存者情報データベースを構築し、訓練という形で実際に稼働させることでその有用性を実証するとともに、問題点を洗い出すことで災害時のインターネット運用のノウハウの蓄積を目指した。
この生存者情報は「私は生きています = I Am Alive」からIAA情報と名付けられ、この訓練はIAA訓練と呼ばれる。
このIAA訓練は1997年1月17日に第1回が行われ、以降毎年1月17日に行われており、今回で3回目である。
この報告書は、さる1998年1月17日(土曜日)に実施された第3回インターネット災害訓練についてまとめたものである。
このIAA訓練のシステムでは、生存者情報の入力と検索を行うことができる。
まず今回の訓練でのネットワーク構成について説明する。構成図を図1に示す。
図1: 第3回インターネット災害訓練ネットワーク接続図(WIDE提供)
IAA情報を処理し、蓄積するIAAサイトは東京大学、北陸先端科学技術大学院大学、奈良先端科学技術大学院大学の3ヶ所に設置され、インターネットに接続されているとともに通信衛星JCSAT-1号によって接続されている。これによって、インターネットに接続されていればどこからでも訓練に参加できる。
実験会場は新潟と神戸の2ヶ所に設置され、同じくインターネットに接続されている。
新潟ではNTT DoCoMoの衛星携帯電話も用意され、NTT DoCoMoの衛星地上局を通じて、電話網経由でインターネットに接続されている。
次に、IAAシステムの概要を図2に示す。
図2: IAAシステム概要(WIDE提供)
IAAシステムを構成する機能系はIAAクラスタと呼ばれ、大きく4つにわけることができる。
今回は入力方法として、Webクライアント、専用ソフトウェア、電話、FAXの4つが用意された。
各々の入力方法と処理について説明する。
Webクライアントによる入力では、入力された項目がHTTP(HyperText Transfar Protocol)を用いてインターネットを経由し、CGIプログラムで処置されたのち、IAAデータベースに登録される。
専用ソフトウェアによる入力では、入力項目はSMTP(Simple Mail Transfar Protocol)を使ってインターネット経由でIAAサイトに届けられ、メール->LLDB変換を施され、IAAデータベースに登録される。
電話による入力は、氏名などの情報をページャ(ポケベルなど)と同様の方法で電話機のプッシュボタンから入力する。
プッシュボタンが押されたときに発信されるプッシュトーン(DTMF)をPhoneShellで解析し、データベースに登録できる形に変換する。
変換された項目は直接LLDBプロトコルでデータベースに直接入力される。
FAXの場合は、インターネットFAXで受信された後、OCR/OMRでコンピュータに読み込まれ、デジタル化される。
デジタル化されたデータは専用ソフトウェアの場合と同様の流れをたどり、IAAデータベースに登録される。
新潟会場では、NTT新潟支店ビル1FのNTTプラザ(新潟市東堀前通り7番町1017番地)を借用して訓練に参加した。
同会場にはMacintoshが12台、Windowsマシンが3台、FAX登録用のFAXが1台用意された。
また、今回は初の試みとして、衛星携帯電話によるインターネット接続とIAA情報の登録、検索を行った。
衛星携帯電話ユニットを用い、NTTプラザ前の路上から衛星携帯電話経由での接続を試みた。
1月17日の訓練当日までに、以下の準備を行った。
1月17日は午前9時から午後5時まで会場を公開した。
この日の来場者は約90名、アンケート有効回答者数は26通であった。
また、報道関係の来場者も多く、この訓練への関心の高さをうかがわせた。
以下に、各入力方法における当日の状況をまとめる。
以上のように、今回の実験を通じて各方法の長所/短所が明らかとなった。
まず入力手段としてはFAXが好評であった。
これは「紙と鉛筆」というもっとも身近なインターフェイスを用いている点にあると考えられる。
OSだのかな漢字入力だのといったものに煩わされることなく、本来の登録作業を行うことができることは、登録する側のみでなく、会場を運営する側にとっても説明の手間が少なくなるというメリットもある。
次に検索であるが、こちらはWebが向いているといえる。
限られた通信回線を有効に利用するという観点から考えると、1台が1回線を占有するFAXより、複数端末をつないで使用することができるコンピュータによる検索のほうが効果的であることは自明である。
ただし、入力項目や検索時のインターフェイスについてはまだまだ検討の余地がある。
とりわけ入力項目については、それらの情報は被災状況を知らせる「公開情報」という側面を持つとともに、個人の所在地や年齢などの「秘密情報」という側面を持っている。
両者のバランスをとりつつ、どこまで情報を公開できるかが今後の重要な課題となる。
また、今回は衛星携帯電話によるインターネット接続を行ってみたが「思ったより使えるな」というのが実験参加者の感想であった。
アナログ回線で33.6kbps、ISDN回線で64kbpsが当り前になった昨今、9.6kbpsという「超低速回線」がどの程度使えるのかといった心配はあったが、Web入力/検索で使う限りではあまりストレスは感じられなかった。
しかし、メールを読んだり、1回線を複数で共有するとなるとその遅さは隠せない。
メールについてはIMAPを使って必要なメールのみを転送したり、Webについても代理サーバの設置などによって、極力トラフィックを減らすことが効率よく運用ためのカギとなるだろう。
電源確保という問題はあるものの、地上回線の影響を受けにくいことから、通信回線としては非常に有効であると思われる。
次回の第4回訓練では、今回の反省点をもとによりよいシステムが構築され、日本のインターネット運用技術の向上に寄与することを願ってやまない。
今回のIAA訓練に際し、関係各位からご協力いただきました。
まず休日にもかかわらず会場を快くご提供いただいたNTT新潟支店様、衛星携帯電話ユニットをお貸しいただいたNTT DoCoMo新潟支店様ならびにドコモショップ新潟店様に深く感謝いたします。
そして今回のIAA訓練の企画,立案を行ったWIDEプロジェクトのLifelineワーキンググループのみなさま,ならびに当日の運営スタッフの方々に感謝いたします。
最後にこのレポートを執筆するにあたり、新潟インターネット研究会のメンバー各氏より各入力方法の報告書作成や当日の会場運営、機材や会場の確保に際しご尽力いただきました。この場をお借りして感謝いたします。